■ 不機嫌な街 ■     こたま

 

「ヒマだ…。」
ほんと〜〜〜〜〜〜に暇だった。
日曜日の午後。
何もすることが無い。
だいたい、週に2日も休みイラねーよ。
昨日もヒマ。今日もヒマ。
これだったら学校に行った方がましだ。
その方が一条の顔も見れるし…。

「いちじょ〜う。」

まぁ、声に出したトコで何も起こらないけど…。

「あ〜〜〜〜、マジヒマすぎ!Qでも誘うか!」
携帯を手に取り、Qに電話をかける。
聞こえてきたのは女性アナウンスの声。
「電源が入っていないか電波の届かない所に…。」
「ちぇ。」
さては女と映画でも観てるな?
クソぅ。
何であいつ女にモテるの?
顔がいいから?
「あ〜ぁ。」
ベットに倒れこむ。
「つまらん…。」
天井を見上げる。
 モヤモヤ。
部屋の隅に何かいる。
 モヤモヤ モヤモヤ。
増えてる。
 モヤモヤ モヤモヤ モヤモヤ モヤモヤ。
天井までやって来た灰色の影。
「あーー!うぜーーー!!」
灰色の影をかき消すように叫んで立ち上がった。
「おし!身体でも動かすか!」
Tシャツ脱いで腕立て伏せを始める。
腕を曲げた状態で少しキープ。
そこからゆっくり腕を伸ばす。
このゆっくりが結構キツい。
今度はゆっくりと腕を曲げる。
ゆっくり ゆっくり 繰り返す。
コレが意外と集中すンだな。
しばらくして気付く。
「アレ?何回やった?オレ…。」
ま、いっか。
次は腹筋〜。
これもゆっくり…。
「何か音楽でもかけるか。」
ダンベルを取りがてらCDをかける。
今日はアングラ〜♪
ん?
なんか…変な音が聞こえるぞ?
携帯の着信音みたいな…。
え?携帯?
充電器には…ささってない。
「オレの携帯ドコだ?」
Qからかな?
ダンベル片手に探す。
携帯は枕の下にあった。さっき寝転んだ時に置いたのか。
「あいあい?」
「十勝、出るの遅いよ!」
え?
この声は…。そう思った瞬間、
どすっ!
鈍い音がした。
「いて〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「な、何!?」
「ダ、ダンベルを…足に…。うぐぐ…。」
だって、思いもよらない声を聞いたから…。
「大丈夫かい?」
イヤ、大丈夫じゃない。
超痛い。でも、
「や、大丈夫、大丈夫!で、何?一条♪」
まさか一条の方から電話くれるとは!
痛がってる場合じゃねーよ!
「イヤさ、こないだガット張り頼んだじゃん?」
ガット張り…ああ、テニスラケットのコトね。
「あれ、出来たんだって。」
「ほうほう。」
「今日は取りに行ける?」
「ああ、ヒマしてたトコ〜。」
「そか、丁度良かった!んじゃ、駅で待ってるから。」
そう言うと一条は電話を切った。
…えっと……。
駅で待ってる?
え?
一条も来るってコト??
しばらく携帯を手に考え込む。
「って、こんなコトしてる場合じゃねーーーじゃん!!!」
大慌てで汗を流しに風呂入って着替えてダッシュで電車に飛び乗る。
「また汗かいた…。」
 

■□
 ■
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「お前は女並みに支度が遅いな。」
もう一条は駅に来ていた。
「いきなし呼び出したのはそっちだろ。」
と文句を言いながらも…、
久々の私服ですよ、オイ!
でもGパンか。スカートとかは、はかないのね…。
首をすっぽり覆うハイネック。大きなボタンが印象的だ。
いつも部活では黒いの着てるから、今日の白い服はイメージ違うな。
「行くよ!」
そう言うと一条はポニーテールをなびかせてガンガン前を歩いていく。
ラケットのガット張りを頼んだのは一条がいつも行ってる店だ。
よく考えたら一条が来てくれなかったらオレ店には辿り着けなかったな。
一応考えててくれてンのかな?
そんな事を思いながら後に続く。

店に着くと早速ラケットを受け取る。
カバーから出してみると
網の所が張りかえられていて、新品みたいだ。
「お〜、これで上手く打てる!」
「あのね〜、どんなに良いテンションでも腕は変わらないよ!」
呆れ顔で笑ってる。
更に追い討ちをかけてみる。
「テンション?オレはいつでも高めです!」
「バカ!違う!!!」
オレ達は笑いながら店を出た。
 

 □
□■
 □


「十勝この後、時間ある?」
え、それはコッチのセリフ。
不意の質問に慌てて答える。
「あるよ!どっか行く?」
「ちょっと付き合って欲しいトコあるんだけど〜。」
意外だ。
一条から誘ってくるなんて!!
ドコでもついて行くさ〜!

一条は何か高そうな男性物のブランドの店の前に来て
「ココ〜。」
と中に入っていく。
うお、躊躇ねぇ。
ブランドの店なんか入った事ね〜よ。オレ。

そっか、ウチの学校ってお嬢様学校だったっけ。
何だかんだ言っても一条も金持ちなのかな?
そんなん考えたことなかったなぁ。

店の中は静かな音楽が流れてて、
商品一個にどんだけのスペース使ってンだよ!
ってくらいゆったりと色々オシャレそうな物が陳列されている。

なんか…居心地悪いンですケド。

「本日は何をお探しですか?」
スーツのきまってる男性店員が一条に話しかける。
アレも高いンだろうなぁ…。
「う〜ん、それを悩んでるんですよ。」
そう言うと一条はオレを振り返って言った。
「ね、男の人って〜、何貰ったら喜ぶ?」
はい?
何その質問。
軽くムッとして答える。
「誰にやるンだよ。」
自分じゃないのは分かってる。
「もうすぐお父さんが誕生日なんだけど、何がいっかなって。」
えええ!?
お父さんに!?
うそん!そんなガラか!?
「毎年のことだからネタがね〜。もう無いんだよ〜。」
スーツとか帽子とか手に取っては棚に戻してる。
驚きだ。
一条にそんなカワイイとこがあったとは…。
「ね、何かない?」
「イヤ、そう言われても…。」
親になんか買うなんてウチじゃありえねぇし。想像出来ん。
「どんな人なの。お前の親って。」
「えっとね〜…」
楽しげに一条は答えた。
「仕事できて〜、背が高くて〜、カッコ良くて〜、頭良くて、やさしくて…」
「オイ、お前の理想は聞いてねぇよ。」
「や、理想の人!」
オイオイオイオイ。
一条の口からそんな言葉を聞くとは…。
しかも嬉しそうに。
何なんだ一体。テンション下がるな。


店の中を見てまわる一条。
それをなんとなく目で追う。
オレと目が合い一条は何かに気付いたような顔をした。
「あ、長かった?」
そう言い店員に会釈をするとオレの腕をポンポンと軽くたたき、
「ゴメンゴメン、今日はいいや。」
と店を出た。

駅に向かって歩く。

「年齢違うしね〜。聞いたあたしが悪かった。」
そう言いながらオレを見る。
「背の高さは同じくらいかな〜。」
背伸びをして手をオレの頭に伸ばす。
「他に用事はねぇの?」
その手をはらいながら言うと
一条はちょっとビックリした顔をした。
「なに?怒ってンの?」
「別に…。」

駅に向かって歩く。

横目でオレのちょっと後ろを歩く一条を見る。
一条は黙って歩いてる。
な〜にが「理想の人」だよ。
親父だろ?
そんなに好きかね。自分の親が。
子供かっちゅーの!

無言で駅に向かって歩く。

この大通りを渡れば駅はすぐそこだ。
って、もう駅着いちゃうじゃん!
マズイな。
駅に着いちゃったら、このまま別れるだけに…。
せっかく2人でいるのに、こんな空気のまま別れるのか?
むぅ…。
ちらっと一条を振り返る。
「ん?」
さっきまでスグ後ろを歩いていた一条がいない。
来た道に目をやると、ちょっと離れた所でコッチを向いて立ち止まってる。
口をへの字に曲げて怒ってる。
なんて顔してんだ。
ゆっくり近づくと
「そんな怒るほど買い物、長くなかったじゃん!」
不機嫌に言う。
「別に長かったとは思ってねーよ。」
「んじゃ、何で怒ってンのさ!」
何でって…。
あんな嬉しそうに他の男のこと話されて…いい気分はしねぇよ。

…。

でもよく考えたら、親父のことなんだよな。
親父に妬いてるオレってのもどうかと…。
一条はまだへの字口でコッチを見てる。
「怒ってねーってば。」
うそだ!そんな顔してる。
なんとか話題を変えねば。
「や〜、なんかハラ減ったな。」
ってオレ話題無いなぁ、と言ってから後悔。
「んじゃ、何か…食べる?」
…言ってみるもんだ。
「お、ゴチ!」
ニヤリと笑って片手を挙げる。
「ゲッ!? まさか、作戦!?」
ちょっと笑って一条は前を歩き出した。
 

 □
 ■
■□


「ほーーー。それで食事も一緒にしたんだ。」
意外だ〜。そんな顔でQが言った。
誰かに今日のことを言いたい。
一条と別れてからその足でQの家に来た。
「なんか上手くいきそうじゃん?お前ら。」
「だといいんだけど…。」
なんかイマイチ手応えが無いンだよなぁ。

ピリリリリ。

Qの携帯が鳴った。
着信画面を見てちょっと驚いた顔をした。
「もしもし?」
オレから顔をそらし話し出す。
また女からか!?
クソぅ。
何でこいつ女にモテるの?
顔がいいから?
「あぁ〜、それなら…癒しグッズとかどうよ?意外と嬉しいかもよ?」
ちっ。楽しそうに話すね。
Qを横目にコーヒーとか飲む。
「いやいや、お役に立てて。」
満足そうに笑ってる。
そしてQは「ははは」と笑うとニヤニヤしながらオレを見て言った。
「オレとガチを一緒にしないでくれる?」
えっ!?
ちょっと待て。
今までの会話って、もしかして…。
「じゃあな、一条〜!」
だーーーーーーーーーーーーーーー!!!
Qから携帯を奪うがもう切れていた。
横でゲラゲラ笑ってやがる。
「プレゼント探し、お前じゃ頼りにならなかったってさ!」
くそーー。
「急に言われたら思いつかないだろ!?Qは今オレの話を聞いたから…。」
「バカだね〜。」
ええ、どうせバカですよ!
「何だっていいんだよ。こーゆー場合はね、」
余裕な顔でコーヒーを飲む。
「アレコレ適当に言ってさ、色んな店に連れてけばいいんだよ。」
「でも、いいの見付かンなかったら?」
「いいんだよ、それでも。」
「なんで?」
「だって、そうしたら彼女と長い時間一緒にいれるじゃん?」
な、なるほど…。
「しかも彼女は自分のために色々考えていてくれてる!とか思うわけよ。」
「そ、そうなの!?」
「そ〜ゆ〜もんでしょ。」
はーーーーーーー。
そんなコト考えてるんだ、Qは…。
顔がいいだけじゃないのね。
コイツのモテる理由がちょっと分かった気がした。
「まぁ、ガチにオレの真似は無理だろうケドな。」
ニヤリとこっちを見る。
「なんせ父親に嫉妬してるくらいだからな!」
ぶほっ!
ムセた。思いっきり。
笑うな!!Qめ!


「親父なんかじゃなくてオレを見ろっつーの。」
ひとしきりムセた後、やっとの思いで声を出す。
「そういえばさ、女子が言ってたケド、」
二林と三上か。
「一条は絶対にガチとは付き合わない!って断言してたらしいぜ?」
ゲふっ!!
く、苦しい。
「何回もムセさせンなっちゅーの!!」
「ははは、でも何でだろうな?」
知るか!
Qは自分の指を1本づつ立てながら、理由を考える。
「@本気でガチに興味が無い。」
それはナイだろ。
「A他の女子に遠慮してる。」
ちょっとありそうだな。
「Bファザコンだから。」
ファザ…。
「後は〜……。」
そこまで言ってQは言葉を切った。
「後は?」
Qは視線を落としコーヒーを飲んだ。
その表情は何を言おうとしたか分かる。
「菜三…か。」
「スマン…。」

しばらく無言になる。

「ナンデ別れた女のせいで困ンなきゃなんねーの。」
ため息をつく。
「それさ、」
目線を外したままQが言う。
「一条、別れたこと知らなくないか?」
は!?
Qを見たまま固まる。
「菜三があの公園で一条と会って何を言ったかは分からないケド、」
だって、怖くて聞けないし。
「確実にお前の彼女だ、とは言ってると思う。」
だろうな。
…って、ちょっと待ってくれ。
「え、オレ他に彼女がいても付き合って、とか言っちゃうように見える?」
「見ようによっては。」
オイオイオイオイ。
体の力が抜ける気がした。
うそん。なんか色々悲しいんですケド…。
「そんなふうに見えるんだ…、オレ。」
「まぁ、一条がどう思ってるかは分からんが。」

違うのに。

「よし!」
勢いよく立ち上がる。
「何?どーした?」
「オレ、明日一条に聞いてみる!」
「はぁ?またお前…。」
あきれた奴だな…。そんな顔でQはオレを見上げる。
「誤解は解かねば!」
今の状態を打破せねば先には進まれん!!
 

□■




屋上でQを待つ。
今朝はいい天気だ。
空がぬけるように青い。

ガッチャン!
屋上のトビラが開く音がした。

お?Qが来たか?
振り返ると…

バシィ!!!

げふ!
何か顔面に飛んで来た。
「いてぇ〜!」
「お前は!テニスやる気あんのかぁ!!!」
一条が怒鳴り込んで来た。
「え?何で一条怒ってんの?」
「九梨江の家にラケット忘れて行ったろ!」
見ると足元にはカバーに入ったラケットが落ちている。
ああ、昨日手ぶらで帰ったような…。
これを一条が持って来たってコトは、Qが持たせたのか。
屋上に来させるために。
つか、コレ投げて来たのかよ、一条…。
「そんなんだから上手くなンないんだよ!!」
「悪ぃ、悪ぃ。そんな怒らなくても…。」
「パートナーの身にもなってくれよぉ!」
情けない顔をされてしまった。
ダブルスのパートナー。
ひそかにこの響きが嫌いじゃない。
「んじゃ、ホントのパートナーになってよ!そしたらもっと身が入る!」
うわ、一気にスゴイ不機嫌な顔されてしまった。
しかし、今日は引けない。
「あ、あのさ…」
あの名前を一条の前で出すのはさすがに…度胸いるな。
「何だよ。」
うぅ。
不機嫌な顔のままコッチを見ている。
今のタイミングで聞いてもいいのか?
でも、どのタイミングで聞いても…同じか。
「あのさ、」
意を決して口を開く。
「お前…菜三の事…どう思ってるの?」
なんか言葉のチョイスを間違ってる気がするが…。
「菜三?」
「あの公園で、さ、」
一条は小首を傾げて少し考えてから
「あのね、あたしはお前の元カノなんか興味ない!どうでもいい!!」
そう言い放ち屋上から出て行った。


Qが一条と入れ替わり屋上に上がって来た。
「どうだったよ?」
「ん…、興味ないって言われた。」
「@が正解?」
「違う。」
「へ?」
意味が分かりませんが?そんな顔でオレを見る。
「元カノなんか興味ない、どうでもいいって。」
「どうでもいい、か。」

「ってコトは、別れたとは思ってたんじゃん!!」

空に叫んだ!屋上は気持ちいい!
「え!?」
「元、だよ! も・と!!」
「いやいやいや、オレが言いたいのは、どうでもいい、ってトコで、」
慌てるQを尻目に走り出す。
「ちょっ!どこ行くんだよ!人の話を聞けよ!」
「一条ンとこ!別れてるって知ってたならそれでいい!」

それでいい。
呪縛から解き放たれた。そんな気がした。

「いちじょ〜う!」
廊下を歩いてる彼女を呼び止める。
「あんだよ。」
呆れ顔で振り返る。
オレを見てけげんそうな顔をした。
「…十勝、ラケットは?」
「あ」
「お前はーーーー!!!」
 



  ねぇ、一条オレのことどう思ってるの!?

ねぇ、一条オレと付き合ってよ!

ねぇ、一条!

 

 

■□



ガチは勢いよく扉を開けると行ってしまった。
「バカだなぁ〜、アイツは。」
呆れるよ。ホント。
「やっぱ@が正解なんじゃね〜の?」
何も考えてねーんだろうなぁ。
またラケット忘れてるし。

バカで要領悪くて無鉄砲で。

「でも…ちょっと羨ましいな…。」
静かな屋上。
白い光り、冷たい青色の空。

あんな一途にオレは なれるだろうか?
自分には出来ない気がする。
あそこまで人を好きになるって…どんな気持ちだろう。

「いいなぁ、ガチ…。」

予鈴が響く。
「教室もどるか。」
扉に向かおうとすると、ガチが顔を抑えながら戻ってきた。
「何?どした?」
「ラケット忘れて、一条に殴られた。」
うぅ、と言いながらラケットを拾ってる。

…。

やっぱ前言撤回。 羨ましくは、ないかも…。

 

■あとがき■