■bicycle■




「ん〜〜…」
あたしは夢とフトンに包まれながら、まだ開かない目をこする。
「もう朝…か」
何時かな?携帯に手を伸ばす。
「7時15分…」
いつもなら、あと10分!とか言いながら
また目を閉じるところだけど
「今日は…土曜日、か〜」
休みの日だからあと30分でも1時間でも
2度寝でも3度寝でも出来る、のに
「なんか目が覚めた!起きちゃおう!」
早々とベットから出た。早起きは三文の得って言うしね!
カーテンを開けると眩しい朝の光が部屋に差し込む。
「朝ご飯、どうしよっかな」
顔を洗いながら考える。
朝はやっぱコーヒーとパンかなぁ〜。
「あ!あそこのパン食べたい!」
いつも学校帰りに寄るメチャメチャ美味しいパン屋さん。
次の日用に買って帰るんだけど朝って行ったことないなぁ。
「今から行けば焼きたてかも!」
急いで着替えて足取り軽く家を出た。




「ゲッ…」
店の前で立ち尽くす。
「土曜は午後からって…」
シャッターにはしっかりと「OPEN 12:00〜」と書かれていた。
「知らなかった…」
どこが三文の得なの!超ガッカリだよ!!
こうなったらもっと美味しいもの食べてやる!
「なんかなかったかなぁ〜」
この時間に開いてそうなお店で美味しいトコは…。
「あのタルトのお店はどうかな」
2〜3駅先にあるタルトの専門店。あそこならやってるかな?
「まぁ、とりあえず行ってみよう」
駅に向かい歩き出す。今日はいい天気で気持ちがいなぁ〜。
快晴ってこんな日の事を言うんだろうな。
「電車、乗るのやめよっかな」
空を眺めてたら何だか街を歩いてみたくなった。
多分歩けない距離じゃないでしょう。




「ココは…ドコ?」
だいぶ歩いて来たけど、目的のお店は見付からない。
って言うか線路沿いを歩いてたはずなのに電車の音も聞こえない。
「…また迷子か」
道に迷うのはもう何度目か。
さすがにもうあせらない。
「携帯で今の居場所もわかるし〜」
ポケットを探る。
!?
思わず動きが止まる。
「け…携帯…忘れた…」
ポケットを、って言うかポケット付いてないじゃん!この服!!
え…って事は…!?
「サ…サイフすら…」
さすがに青ざめた。
何も持たずに家を出ちゃったよ!
しかも、ココドコ!?状態。
うわ〜どうしよう…。
「とりあえず駅を探そう。んでまた線路沿いに帰れば…」
線路沿いを歩いててこうなったのに…まぁしょうがない。
とにかく駅を目指し歩いてみる。




「どっちに行こうかな…?」
ちょっと大きな通りに出た。
ここは右に行くべきか左に行くべきか。
「右のような気がするからココは自分の感とは逆の左!」
また歩く。どんどん歩く。
イヤな予感を振り切るように歩く。
でもどんなに歩いても駅の気配すらない。
「休みの日だから人通りも少ないし…いざとなったらコンビニか」
でも、ココどこですか?なんて店員に聞くのも恥ずかしいなぁ。
お茶とか買うお金もないしね…。
なんとか自力で辿り着きたい。
何か駅に繋がる手掛かりはないか。辺りを見回してみる。
この先には十字路。
バスとかいないかな?行き先でなんとか方向が分かるかも。
見るとバスはいなかったけど自転車に乗った人が…。
あれ?
なんか見たことあるシルエット…。
自転車は十字路を横切っていく。
「って、あれ十勝だ!!!」
間違いない、あのデカい男は十勝だ!地獄に仏!

「十勝!! とかちぃぃ〜〜〜〜〜!!!!」

大きな声で叫んだのに十勝は建物の陰に消えて行った。
ちぇ〜。気付かなかったか。
いつもいらん時にばっかり来て、肝心な時に来ないなんて…。

「十勝のバカーーーーーー!!!!」

更に大声で叫んでやった。聞こえもしないのに。
「はぁ…おなか空いた…」
そうだった。あたし朝ご飯を買いに出たんだった。
急に足取りが重くなった。
肩が落ちる。視線が落ちる。気分も落ちてきた。
なんでこんな事になっちゃったんだろう…?
歩くのですらイヤになって来た。
立ち止まり、またため息をつく。
「三文の得なんて…バカバカしい」
「誰がバカだって?」
え!?
声に驚いて顔を上げる。
目の前に自転車に乗った十勝が居た。
「うわっ!びっくりした!」
「それはコッチのセリフだ!人のコト名指しでバカ呼ばわりしやがって」
怒ってる。そりゃ怒るか。急にバカ扱いだもんね。
聞こえてたのか。
「だって呼んだのに気付かないから〜」
「って言うか…なんでお前こんなトコいんの?」
あれ?あんま怒ってないのかな?
「何でって…散歩…?」
「散歩?」
すごい不思議そうな顔してる。
「わざわざこんなトコロをか?」
「ん〜実は、駅に行きたいんだよね〜」
「駅ぃ!?」
あぁ、そのけげんそうな顔。次の言葉は聞かなくても分かる。
「お前、駅って真逆の方向だぞ?」
やっぱりぃ〜〜〜!
「さっき右の気がしたから左に来たのにやっぱ逆なのか〜!」
「なんだそりゃ〜!」
意味分かんね〜!と大笑いしてる。あたし的にはこれでも必至なのに!
「ま、お前が方向音痴なのは分かった。乗れ!」
「え?」
「駅まで乗せてってやるよ」
「でも何か用事とかあるんじゃないの?」
「ないよ」
「じゃ何で自転車乗ってたの?」
「なんでって散歩だよ」
うぐっ
さっきのあたしのセリフを。
ニヤニヤ笑うな!
返す言葉が無いあたしは素直に自転車の後ろにまたがった。




「怖い!」
亀のように体をすくめ、肩を掴む手に力を入れる。
「このくらいでか〜?そんなにスピード出てねーぞ?」
「だって…後ろ初めて…!」
自転車の後ろってこんなに怖いのか!?
いつもはあたしがリクや七子を後ろに乗せる役だから。
「自分で運転出来ないって結構怖い!」
「前を見ろって!目ぇつぶるな!よけー怖いぞ?」
うぅ、そう言われても…。
この後輪に付いてるステップに立って乗ってるのがまた怖い。
でも確かに目をつぶってるのも怖い。
恐る恐る顔を上げる。

青い空が見えた。

顔をなでる風が気持ちいい。
さっき一人で歩いてた時の重い気分がウソのように晴れて行く。
「うわ〜!目線が高くて気持ちいい!」
「お?慣れて来たか?」
「うん!」
「おっし!んじゃ飛ばすぞ!」
「ええっ!?」
十勝はちょっと前傾姿勢になると勢いよくペダルを踏み込む。
「うわっ!ちょっと待ってよ!!」
そんなにスピード出したら怖いよ!
必死に十勝の背中にしがみつく。
いつもなら叩いて止めるけど今は手を離すのが怖い。
十勝はどんどん自転車を走らせて行く。




「スピード、出てないよ?」
さっきの速さは何処へやら。のったり進む自転車。
もうしがみつかなくても余裕で乗っていられる。
「って言うか進んでる?コレ」
「お、お前、なぁ…」
息も絶え絶えに返事をする十勝。スゴク苦しそう。
「さすがにこの坂道は無理だよ〜」
結構急だよ?、二人乗りで坂道は無謀でしょう。
「やっぱ降りよっか?」
「イヤ、待って」
十勝は足を付くと、はぁはぁと肩で息をする。
「うっしゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
気合いと共にまた勢いよく自転車をこぎ出した。
さっき程のスピードはさすがに無いけどグングン坂道を登って行く。
何でこんな無茶するかな〜。
ぐぅおぉ〜!とか言いながら超必死だし。
十勝って変な奴だよね〜。
いつもバカな事を言っては人を笑わせて。
あたしの事、好きとかクチをすべらすし。
でもその後で具体的な、こう…
付き合ってくれ
とかみたいな事は言って来ないよね。

からかわれてるだけなのかな?




「も…も少し…で…」
その声に顔を上げる。
坂を登りきったそこは街を一望できる開けた場所だった。
「わ〜〜!凄い眺め!こんな所あるんだー!」
ちょっと感動!
「だ、ろ?」
自転車を降りてもまだ息が乱れてる。
ふらふらと自販機に飲み物を買いに行く。
バカだなぁ〜。そんなになるまで頑張らなくても…。
スポーツドリンクを手に戻って来た。
「見てみ?アレ学校だぜ」
「あ、本当だ!」
こんな所から見えるんだ〜。
「じゃ、あれがいつも降りる駅?」
「いつもの駅はコッチだよ」
十勝は駅を指差したあたしの腕をグイっと右の方へ押した。
「え?左の方じゃないの?」
「左って言うか駅は南だろ?」
「南…?」
「あぁスマン、スマン。お前は方向音痴だったけ」
なんだよ!笑うな!!どっちが南とか分かんないよ普通!
って言うかどこが駅でもいいよ。もうこの際。
ん?駅…?

「あたし達、駅に向かってたんじゃないの!?」

そうだ思い出した!
駅に乗せてってもらってる途中だったんじゃん?
線路なんかすごい遠いじゃん!?
「何でこんなトコいんの?」
「なんでって…」
「あ、分かった!」
「ん?」
ニヤリと十勝の顔を見てやった。
「十勝も道に迷ったんだ!」
「ンなわきゃね〜だろ!!」
ナンダ違うのか。迷子仲間かと思ったのに。
「じゃ何でよぉ〜」
「オレが、」
ちらっとあたしを見ると残りのスポドリを一気に飲み干した。
「オレがお前と二人でいて、素直に駅に行くわけね〜じゃん!」
今度は十勝がニヤリと笑った。
またそんな事を言って…。
何て答えたらいいか分かんないよ。
「バーカ。素直に駅に連れてけ!」
「でも来て損は無かっただろ?」
「…うん、まぁね」
確かにこの景色は一見の価値ありだね。
もう一度街を眺める。
「あの、さ一条…」
「ん?」
十勝の方に振り向いた瞬間、大きな音が響いた。

ぐうぅぅぅ〜

二人とも目がテンになった。
それは明らかにあたしのお腹の音だった。
「うそ!聞こえた!?」
さすがに顔が真っ赤になった。これは恥ずかしい!!
返事の代わりにお腹を抱えて笑ってる。
あれだけの大きな音、聞こえて無いわけ、ないよね。
「なんだ腹減ってるのか?」
涙を拭きながら尋ねる。泣くほど笑うなよぉ〜。
「ん〜実はね…」
朝から何も食べずに歩いてて携帯もサイフも忘れた話をした。
「なんだ、なら早く言えばいいのに」
「だってまさかこんな所に連れてこられるとは」
「悪ぃ悪ぃ!」
ペットボトルをごみ箱に捨てると十勝は自転車にまたがった。
「乗れよ。なんか喰い行こうぜ」
「でも…」
お金持って無いし…。
「安心しろって!今日のオレは珍しく金持ってっから。おごってやるよ」




「昼飯になっちまったな」
「ホントだね」
目の前に念願のコーヒーとタルトが置かれた。
このお店、テイクアウトだけかと思ってたら
店内でも食べれるんだね。知らなかった。
「十勝は本当に食べないの?」
アイスコーヒーの氷をガリガリいわしてる。
「ん〜オレ甘いの苦手だし」
「あたしのを二個も頼んじゃったからお金足りなくなっちゃう?」
「違うって。心配すんな」
ベリーのタルトと洋ナシのタルト。
迷ってたら、両方喰えばいいじゃん。と勝手に注文してしまった。
「なんか悪いなぁ…」
「気にすんなって」

ピリリリリ

どこかで携帯の着信が鳴った。
一瞬自分かと思ったけど、そっか今日は持ってないんだっけ。
まだ鳴ってる。
って言うか、この音が聞こえる距離って…。
「十勝の携帯じゃないの?」
バレたか。そんな顔をしてる。
「出ていいよ?」
「イヤ、いいよ」
なんで出ないんだ?
「さては…誰か女子から掛って来てるんだ!」
「ちげーよ!」
疑われて仕方なく立ち上がり、店の外に出て話しだした。
その間にあたしはタルトを堪能する。
やっぱりココの美味しい!この店の生地が好きなんだよね〜。
しばらくして十勝が戻って来た。
ちらっと時計を見て座ったのが気になった。
「時間…大丈夫?」
「あぁ大丈夫大丈夫!Qからだったから」
「九梨江?会う約束とかしてた?もしかして」
「や、一条と一緒って言ったから大丈夫」
何であたしと一緒だと大丈夫なんだ?
「って言うかやっぱり会う約束だったんじゃないの?」
「いいんだよ。もう」
ちょっと面倒くさそうにアイスコーヒーを飲んだ。
ふ〜ん。ま、いいけどね。




「ごちそーさま」
コーヒーも飲み終わったことだし
あたし達は店を出ることにした。
十勝がレジでお金を払う。
そう言えば人におごってもらうってあんま無いなぁ。
「ん?」
お金を出した時に財布から何かが落ちた。
拾い上げるとそれは1枚の紙だった。
「何か落ちたよ。これは…チケット…?」
「うわっ!」
慌ててあたしの手からチケットを奪い取る。
「ちょっと…十勝ソレって」
「何でもない!何でもない!」
チケットを財布に押し込むと逃げるように店を出る。
「何でもなく無いじゃん!!そのライブチケット日付今日でしょ!!」
追いかけると、もう十勝は自転車にまたがっていた。
「もしかしてさっきの九梨江からの電話って…」
「だから、い〜んだってば!」
こいつまさかあたしと会ったからってライブ蹴るつもりか!?

「よ く な い !!」

思いっきり十勝を睨みつける。
「あたしのせいでライブ行けなくなるなんて嫌だ!」
「お前のせいとかそ〜ゆ〜んじゃ…」
困った顔でため息をつく。
「今日はさ、お前と…」
「ダメ!九梨江と約束してたんでしょ?大事な約束じゃん!」
「オレはライブよりお前の方が大事だよ」
いや、約束の方が大事でしょ。またそんな事を言って、呆れた奴だな。
しょうがないなぁココはひとつ…
「行ってきなよ。あたしは十分楽しませてもらったし」
怒るのはやめてなだめてみる。
ぱっと十勝の顔が明るくなった。
「マジで?楽しかった?」
「うん。いい景色も眺められたしね!」
そかそか、とちょっと満足そうだ。単純な奴め。
「だから今度は九梨江と楽しんでおいでよ」
「ん〜…」
「じゃ今度こそ駅に連れて行って!」
まだちょっと悩んでるみたいだったけど
あたしが後ろに乗ると渋々自転車を走らせ始めた。




「ありがと!」
今度は無事に駅に着いた。
「気ぃ付けて帰れよ」
「うん、じぁゃね〜!」
自転車を降りて階段に向かう。
なんか今日は色々あったな。
朝からの事を思い出しながら一段一段ゆっくりと上る。
パン買いに出て、道に迷って、十勝に会って…。
んで携帯もサイフも忘れたって言ったらおごってくれて…。
あれ?
階段の一番上の段に足を掛けて気付く。
「サイフ!」
大慌てで階段を駆け降りる。
お金持ってないから電車に乗れないじゃん!!
下を見るとさっき別れた所に十勝は居た。
ちょっとニヤニヤしてる。
うわ、気付いてるよ。微妙な顔になる。
「ほらよ」
何も聞かずに五百円玉をくれた。
「あ、でもこんなにいらないよ。スグだし」
「いいよ。持ってけ。余ったらそれで家でも建ててくれ!」
「なんだそれ!!」
オヤジギャグ!?ホントに可笑しな奴!
「でも小銭を手で持って帰る訳にもいかないし。ポケット無いんだ」
笑いながらお金を返す。
「だから十勝が切符を買ってくんない?」
お安い御用と自転車を降りた。
今度は二人で階段を上る。
「お前の駅ってそこなんだ〜」
切符を取り出しながら十勝がニヤリとした。
「…待ち伏せとかすんなよ?」
「オレをストーカー扱いすんじゃね〜よ!」
切符を受け取ると改札をくぐる。
「じゃ今度こそ」
振り返って手を振った。
十勝も軽く手を上げた。
こんなに十勝に面倒みてもらうハメになるとは…。
また今日の事を思いながら電車に乗り込んだ。




「もう寝ちゃおうかなぁ〜」
なんだかもう眠い。朝が早かったせいかな。
それとも帰って来てから珍しく一生懸命掃除とかしたからかな。
早々とシャワーを浴びて寝巻に着替えた。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してふと思う。
「そう言えば…あいつ超グロッキーになってスポドリ一気してたな」
つい思い出し笑いをしてしまった。
「そう言えば今日はお世話になった事だし、メールで書いとくか」

[今日は色々と
おごってくれて
ありがとう(^^)
助かったよ☆
んじゃ、
また学校で!
   Itsumi]

「こんな感じか。送信、っと」
じゃ寝る支度でもするか。
歯磨きに洗面所に向かう。
戻って来ると、返信が来てた。
「早いな」

[おー
腹減ってたのに
連れまわして
悪かったなー
でも楽しかったぜー
またなー]

なんか間の抜けた文章!ちょっと笑った。
メールでは変な事、言わないんだな。
って言うか、こいつあんまメール自体しないよね。
今どきメール慣れしてない奴って珍しいなぁ。
「ふぁああぁ」
ダメだ。本格的に眠くなって来た。
携帯を充電器に戻すとベットに潜り込む。
やっぱ早起きしたから眠いのかなぁ。
早起きか。三文の得って言うけど…。

「今日は三文以上の得をしたかもな」

でも三文って今の価値でどのくらいだっけ…?
そんな事を思いながらあたしは眠りについた。



■あとがき■